スプラトゥーン

よもやコンクリートにされるところだった。工事現場が住まいのおっさんの何気ない朝の光景である。全国津々浦々、毎日のようにどこかで工事が行われている。おっさんはそこに目をつけた。「ある人の所有する土地でも、工事中は俺のもんだろ!」と言い張った最高裁判所での判決は原告おっさんの勝訴で幕を閉じた。そこからおっさんの居住地は移動式で各地を回ることになった。北は釧路から南は博多までおっさんの睡眠と工事は続く。

問題は毎晩のように起こる。おっさん側とヘルメットタオル軍団の対立である。ただ、おっさんの後ろには国家が擁立する。敵いっこない勝負に嫌がらせとばかりの轟音でおっさんの睡眠を邪魔するが、いびきにすら敵いっこない。近所迷惑が入るのは毎回おっさんの方で市民からHelmet Towel Partyは支持されているが、彼らは市民である前に国民である。

機械とコーンと布団。この光景は工事現場にとって見慣れたものになった。おっさんはベッド派ではなく布団派だった。おっさんだからである。冬は堪えた。HTPが近くの自販機で買ってきた缶コーヒーを貰った時は涙が出そうになっていたが、冷たい方だと気づくとまた違う意味で涙が出そうになっていた。

冒頭でもあるようにおっさんは常に命を狙われている。落とし穴は日常茶飯事、隙あらばコンクリートで固めてくる。一度、おっさんが酔って帰った時に見事にレーザーポインターに引っかかったことがある。腎臓を一つ失うのみで済んだおっさんの生半可ではない毎日の死闘が其処にはある。因みに亡くなっても工事中の事故死で思いっきり通せるらしい。なので容赦はない。

そんなHTPに対抗するためにおっさんも策を講じる。まず、落とし穴に対しては重力の問題だと考え、大幅なダイエットを試みた。その結果、今では落とし穴を隠す部分に寝ても立っても落ちることはないのだ。落とし穴ダイエットはその年のベストセラーにも輝いた。レーザーは一度湯がくと意外とイケるので、冷蔵庫に余っていたミョウガと和えて一品料理として使用している。無添加無香料で身体にいいことからレーザー料理は、後に日本人のみならず世界中に親しまれる味となる。

相手の罠さえも利用するおっさんですら手を焼いている一番の難敵がコンクリートである。どうしても布団が譲れないため、床に敷いて寝ることになる。HTPからすると格好の餌食である。布団の中でおっさんは丸くなりながら考えていた。どうすればアイツに対抗できる?ん?対抗?おっさんは閃く。自分がアイツになれば良いのだと。コンクリート以上にコンクリートになることが必勝法だと。

つまり、全身グレーの服を着てコンクリートの匂いのする香水を全身に振る。もちろんその年のファッション系の何かを獲ったんだろう。コンクリートの二大特徴を捉えたおっさんの奇策だった。気さくなおっさんはHTPに今日いつかかってきても構わないですよと早速の宣戦布告。カチンときたHTPは躊躇なく工事を始めた。黄色い鋼鉄の巨人が青い布団目がけて手を振り下ろす。しかし、誰も入っていない布団の下には奈落があることなんて知る由もなく、巨人は屈した。

すぐさま彼らは降りてきて、コンクリートを塗り始めるが、湯がいていないレーザーに次々と撃ち抜かれる。一人残ったヘルメットタオルは工事をする気は更々ない。慎重にコンクリートとおっさんの違いを見極める。しかし、何時間経とうが見つからない。今流行りのスプラトゥーンというビデオゲームは多分こんな感じなのだろう、とこっちもこっちでそこそこなおっさんである。黄色のおっさんはとうとう諦めた。かくれんぼは見つからない限り終わりがない。見つける側が諦めるというのはそもそもルール上存在しない。要するに、隠れる側に勝ち目はない。

しかし、なんとあろうことかグレーのおっさんはそのことを忘れ、出てこようとしてしまった。そこを狙っていた黄色はコンクリートをひたすら流す。グレーは慌てて服だけ脱いで逃げる。その服を見た黄色は仕留めたと思い込み、帰宅した。間一髪逃れたグレーのおっさんが立ち上がった瞬間、紺のおっさん達が駆け寄ってきた。

公然わいせつ罪。

地裁での「工事中は俺のもんだろ!」はもう通用しなかった。