御空区

言っても信じてもらえないから言わないでおいたことがある。言わないでバレたほうが信じてもらえそうだから言わないでおいたことがある。大阪。新生活はここから始まる。仙台での旧生活に名残惜しさを抱きながらも。モノはあまり持ってこなかった。新しいモノを欲した時に手持ちが一杯だと迷ってしまいそうだから。学生時代からの友人に転勤のことを伝えた時、彼はメモを取り出した。どうやら住所を聞いていつか来てやろうという素敵な魂胆だ。大阪には変わった名の住所が多い。新世界とか。我々住民に少しのファンタジックを与えてくれる。名が体を表しているかどうかをさておき。そんな中、自分が住む都市として選んだのも変わった名をしていた。

大阪府大阪市御空区◯-◯◯-◯。不安も高揚も両方感じる。住むまでの約一週間であらゆる想像をしていた。これが楽しい。旅行は旅行前が一番楽しいといったものだが引っ越しにも同様のことがいえる。というより遠くに行くという意味では同じ行為をしているので、同様の感情になるのも普通だと今朝、選挙カーも言ってた。想像は風船のように膨らむが、風船のように破裂することはない。外部からの邪魔が入らなければ。大阪府大阪市御空区。一体・・・

恐らく、その名の通り地上は存在しないだろう。御空に都市が広がっていて、交通網も上下左右自由に張り巡らせている。もちろん、渋滞が起こることはないのだろう。区民は約500人。恐らく、魅力的な人たちばかりだろう。1人に辛いことがあれば、499人で支える。1人に幸せなことがあれば、499人で祝福する。そんな中、風邪で欠席した1人のために499人でお見舞いに行く。37人に感染る。そんな小魚のような区民たち。恐らく、理想的ではない。ただ、他に良いところはある。例えば仕事。働くことの報酬として貰うものはお金ではない。サンタフェだ。お金があれば幸せになれるかもしれないが、そこには幸せになれないものも生まれてしまう危険性を孕んでいる。しかし、幸せの象徴であるサンタフェなら誰もが笑って過ごすことができる。人は100サンタフェで車を買い、1000サンタフェで家を売る。サンタフェは御空区の通貨なのだ。但し、3サンタフェでものは買えない。店員がサンサン言うことになるからだ。サンプラザ中野くんさん現象は御空区では許されない。他の良いところはゴミが溜まらないことだ。御空区は燃えるゴミ、燃えないゴミ、粗大ゴミを分けずとも下界に投げ棄てる事ができる。恐らく、下界の住民は怒り狂っているだろうがそんなことは関係ない。話し合うこともできず、戦い合うこともできない上下の関係に友好や敵対の文字は存在しない。それが御空区民の身勝手な言い分だ。そして、自分はそっち側の人間になることになる。主人公は大抵いいやつなので、自分も区長に抗議してみよう。で、凄い口調で反対されたらどっか遠いとこで修行しよう。主人公だし。色々、戸惑うこともあるだろうが、恐らく最終的にはうまく行くだろう。主人公だし。

一週間後、愛する妻と息子を連れて大阪にやってきた。息子はどうしてもと昨日アウトレットで貰ったヘリウムガスの入った風船を持ってきた。すぐに萎んでしまうことを教えるのはまだ早いと思い、止められずにきてしまった。

まぁいいだろう。自分の理想が崩れるのは自分の発見からが最善だ。

そうして、コンビニとクリーニング屋が1店舗ずつしかない大阪府は御空区にやってきた。

現実という針が落ちた。